- 映画『あの頃、君を追いかけた』日本版をアマゾンプライムビデオで視聴して感じたこと
- 物語の中心にあるのは“好きと言えなかった時間”
- 山田裕貴さんの等身大の演技が印象的
- 齋藤飛鳥さんが作り出す“近づけそうで近づけない存在感”
- 台湾版とは異なる日本版ならではの静けさ
- 映画『あの頃、君を追いかけた』は青春の記憶を呼び起こす作品
- まとめ
映画『あの頃、君を追いかけた』日本版をアマゾンプライムビデオで視聴して感じたこと
2018年公開の日本映画『あの頃、君を追いかけた』は、台湾で大ヒットした青春映画の日本版リメイク作品です。原作は台湾の人気作家ギデンズ・コーによる自伝的小説で、台湾版はアジア各国で高い評価を受けました。その世界観を日本の高校生活に置き換え、より静かで繊細な感情表現を前面に押し出したのが本作です。
主演は山田裕貴さん、ヒロインは齋藤飛鳥さん。公開当時から話題になっていましたが、実際に視聴してみると、単なる青春恋愛映画ではなく、 「あの頃の自分にしか分からない未熟さと後悔」 を丁寧に映像化した作品だと感じました。
物語の中心にあるのは“好きと言えなかった時間”
主人公・水島浩介は勉強が苦手で、どこか子どもっぽさの残る高校生です。一方、早瀬真愛は成績優秀で真面目なクラスの優等生。性格も価値観も正反対の二人ですが、ある出来事をきっかけに距離が少しずつ縮まっていきます。
よくある青春映画であれば、ここから分かりやすい恋愛展開に進みますが、この作品は違います。お互いに意識しながらも、 決定的な一歩を踏み出せないまま時間だけが流れていく のです。
そのもどかしさが非常にリアルでした。学生時代というのは、今振り返れば些細なことでも、その時は大きな壁に感じるものです。素直になれないこと、相手の気持ちを確かめられないこと、自分の幼さに気づけないこと。その空気が自然に描かれていました。
山田裕貴さんの等身大の演技が印象的
山田裕貴さん演じる浩介は、格好良く見せようとして失敗したり、仲間内では強がるのに肝心な場面では弱さが出たりと、とても人間らしい存在です。
特に印象に残ったのは、友人たちと過ごす何気ない時間です。くだらない会話や無駄に盛り上がる場面が続きますが、それが後半になるほど大切な思い出として効いてきます。
青春は特別な事件より、何でもない日常の積み重ねでできている ということを、この作品は静かに伝えてきます。
齋藤飛鳥さんが作り出す“近づけそうで近づけない存在感”
齋藤飛鳥さん演じる早瀬真愛は、ただの優等生ではありません。表情や言葉数の少なさの中に感情があり、簡単には本音を見せません。
だからこそ、ふとした瞬間の笑顔や視線が強く印象に残ります。主人公だけでなく、観ている側も「この人のことをもっと知りたい」と感じさせる存在でした。
日本版では感情を大きく爆発させる場面が少なく、 沈黙や間によって感情を伝える演出 が多いです。この空気は日本映画らしさがよく出ていました。
台湾版とは異なる日本版ならではの静けさ
原作や台湾版を知っている人の中には、日本版は大人しいと感じる人もいるかもしれません。しかし、日本版には日本版の良さがあります。
教室の空気、進路への不安、卒業後に少しずつ変わる距離感など、日本の高校生活に自然に置き換えられていました。
特に後半になると、 「あの時こうしていれば違ったかもしれない」 という感情がじわじわ広がってきます。
派手な展開はありませんが、その静かな余韻がこの映画の最大の魅力だと思いました。
映画『あの頃、君を追いかけた』は青春の記憶を呼び起こす作品
この映画は、学生時代に誰かを好きだった記憶がある人ほど刺さる作品です。
付き合えたかどうかではなく、言えなかったこと、伝えられなかった気持ち、卒業とともに自然に離れてしまった関係。その曖昧さこそが現実の青春なのだと感じました。
見終わったあとに強い衝撃があるタイプではありませんが、 時間が経ってからじわじわ思い返したくなる映画 です。
アマゾンプライムビデオで気軽に視聴できる作品ですが、青春映画が好きな人、日本映画特有の静かな感情表現が好きな人には特におすすめできます。
まとめ
『あの頃、君を追いかけた』日本版は、派手さではなく心の揺れを丁寧に描いた青春恋愛映画でした。
観ながら懐かしさを感じる人もいれば、自分の過去と重ねる人もいると思います。何か大きな事件が起こるわけではないのに、なぜか記憶に残る。その理由は、 誰の中にも似たような「届かなかった時間」があるから なのかもしれません。
静かな青春映画を探しているなら、一度観る価値のある一本です。

