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【読書感想文】住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』|心を読む力と、読めない想いの狭間で

住野よるさんといえば、代表作『君の膵臓をたべたい』で一躍有名になった小説家です。繊細な心情描写と、思春期ならではの葛藤を瑞々しく描くその文体に、魅了された読者も多いことでしょう。今回ご紹介するのは、そんな住野よるさんが2017年に発表した『か「」く「」し「」ご「」と「』という作品。タイトルからして一筋縄ではいかない雰囲気を感じさせますが、実際に読んでみるとその意味深さと構成の妙に、思わず引き込まれてしまいました。

か「」く「」し「」ご「」と「(新潮文庫)

5人の高校生が持つ「少しだけ特別な力」

物語は、同じ高校に通う5人の生徒たちがそれぞれ「他人の心を少しだけ読み取れる力」を持っているという設定から始まります。この能力は決して万能ではなく、それぞれに限界と不完全さがあります。

たとえば、人の感情がトランプのマークで見える者。恋心が矢印として視える者。心のバランスがメーターのように分かる者。他人の心拍数が見える者。そして、人の頭上に「記号」が浮かんで見える者。それぞれの力が象徴するのは、他人の心を“知った気になってしまう”危うさと、真に理解することの難しさです。

この設定だけでも面白いのですが、住野よるさんの真骨頂は、そうしたファンタジー要素に頼らず、あくまで「人と人との関係性」に深く切り込んでいく筆致にあります。

『かくしごと』の二重の意味と、青春の曖昧さ

まずタイトルについて。『か「」く「」し「」ご「」と「』という奇妙な表記がなされている本作ですが、これは単なるデザインではありません。物語を読み進めるうちに、「隠し事(秘密)」と「各仕事(それぞれの役割)」という二重の意味が込められていることがわかります。

高校生という不安定な時期。自分の本音を隠し、他人の顔色をうかがい、自分の役割を無意識のうちに演じてしまう。そうした“演じること”そのものが、彼らの「かくしごと」になっていくのです。

読者としても、ある登場人物の視点から描かれた章で抱いた印象が、別の人物の章に移るとがらりと変わる。その構成が見事で、「人を理解するとはどういうことか?」という問いを何度も突き付けられるような感覚になります。

『君の膵臓をたべたい』との共通点と違い

住野よるさんの過去作『君の膵臓をたべたい』もまた、誰かを理解しようとする気持ちと、それでもすれ違ってしまう現実を描いた作品でした。死という大きなテーマのもと、限られた時間の中で変わっていく関係性が胸を打ちました。

一方、『かくしごと』では死や病といった極端な出来事は登場せず、あくまで「日常」の中での心の揺れにフォーカスしています。だからこそ、共感できる場面が多く、読者自身の過去の記憶と自然に重なるのです。

「自分だけがこんなことで悩んでるんじゃないか」と思っていたあの頃。でも実は、誰もが心のどこかに「かくしごと」を抱えて生きていた。そんなことに気づかせてくれる一冊です。

読了後に感じたのは、「人をわかろうとすること」の尊さ

この作品を読み終えたとき、私は「人のことを完全に理解することなんてできない」という、当たり前でありながら重たい真実に改めて直面しました。

でも、それでも「わかろうとすること」自体に意味がある。その努力こそが、人と人をつなぐ唯一の方法であり、その過程にこそ価値があるのだと感じました。

『かくしごと』は、青春小説でありながら、人間関係の本質に迫る哲学的な側面も持っています。そして何より、読み終わったあとに、自分の身近な人たちのことをもっと大切にしたくなる、そんな優しい余韻を残してくれる小説です。


まとめ:心を覗けても、すべてはわからない。でも、それでもいい。

住野よるさんの『か「」く「」し「」ご「」と「』は、「ちょっと不思議」で「とてもリアル」な青春群像劇。もしあなたが、他人との距離感に悩んでいたり、過去の自分を思い返したいときに読むなら、この小説は心に深く響くはずです。

『君の膵臓をたべたい』で住野よるさんのファンになった方にも、ぜひ読んでいただきたい一冊。人の心は見えるようで、見えない。だからこそ、向き合うことに意味がある。そんなことを、静かに教えてくれる物語です。