朝井リョウさんの小説『正欲』を読み終えて、胸の奥が重くなり、しばらく何も手につきませんでした。この作品は、ただのフィクションではありません。現代社会が直面している「多様性」や「性のあり方」「理解という名の排除」について、静かに、しかし鋭く問題提起をしてくる作品です。今回はこの衝撃作について、ネタバレを避けながら読書感想文を書いてみたいと思います。
- ■小説『正欲』の概要とあらすじ
- ■「多様性」や「理解」という言葉の限界
- ■「正しい欲望」とは何か?
- ■自分自身と向き合う読書体験
- ■まとめ|『正欲』は読後に問いが残る一冊
- ▼こんな方におすすめの小説です:
■小説『正欲』の概要とあらすじ
『正欲』は、2021年に新潮社から刊行された朝井リョウさんの小説で、複数の登場人物の視点から物語が展開されます。ある一件の児童ポルノ事件を発端に、検事である啓喜、女子大生の八重子、契約社員の夏月などが複雑に関わりあっていきます。
彼らの共通点は、「一般的な価値観」や「社会的に許容される欲望」から逸脱していること。その「逸脱」が、彼らを孤独にさせ、時に周囲の好奇の目や無理解に苦しめられる原因となっていきます。
■「多様性」や「理解」という言葉の限界
本作を読んで最も衝撃を受けたのは、「多様性」や「理解」といった一見美しい言葉が、実はとても限定的で、時に残酷に人を線引きしてしまうという現実でした。
私たちは「LGBTQ+」や「障害者」など、ある程度メディアで言語化されてきた多様性に対しては寛容になってきているかもしれません。しかし、『正欲』に登場する人物たちが抱える「欲望」は、社会的に名前すら与えられておらず、説明も難しいものばかりです。
その結果、彼らは“誰からも理解されない”という孤独の中で生きることになります。作品を読みながら、自分自身が「理解できるものしか受け入れていなかった」ことに気づかされ、非常に胸が痛みました。
■「正しい欲望」とは何か?
タイトルにある『正欲』という言葉は、まさにこの作品の核を象徴しています。「正しい欲望」とは何なのか? 社会が求める「正しさ」とは、誰が決めているのか?
本作では、欲望そのものを否定するのではなく、それが「表に出せない」「他者と共有できない」ことの苦しさがリアルに描かれています。これは、性的マイノリティに限った話ではなく、私たちすべてに通じる問題です。誰しも、表に出せない気持ちや他人に言えない願望を抱えているのではないでしょうか。
■自分自身と向き合う読書体験
『正欲』を読みながら、自分自身の中にも「無意識の差別」や「理解したつもりになっている姿勢」があったことに気づきました。
私たちは「多様性」を受け入れているつもりでも、それは“自分の理解できる範囲に限った多様性”に過ぎないのではないでしょうか。本当に必要なのは、自分の想像を超えた価値観や在り方に対しても「否定しない」という姿勢なのだと、本書を通じて学びました。
■まとめ|『正欲』は読後に問いが残る一冊
朝井リョウさんの『正欲』は、エンタメとしての面白さ以上に、「自分は本当に多様性を受け入れているのか?」という深い問いを私たちに投げかけてきます。
この小説は、読む前と読んだ後で、自分自身の視野が広がる一冊です。そして、その広がりは必ずしも「心地よい」ものではありません。むしろ、苦く、痛みを伴うものかもしれません。
それでも、『正欲』を読むことで、私たちは“正しさ”というものをもう一度考え直し、「他者を否定しないという選択肢」の大切さに気づくことができるはずです。
▼こんな方におすすめの小説です:
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「多様性」について考えたい方
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現代社会に違和感を抱いている方
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自分の価値観を問い直したい方
『正欲』は、その重さゆえに読み進めるのが簡単ではないかもしれません。しかし、読了後には必ず“何か”が残る作品です。ぜひ一度、読んでみてください。