『燕は戻ってこない』とは?
桐野夏生さんの小説『燕は戻ってこない』は、2022年に集英社から刊行されました。
第57回吉川英治文学賞と第64回毎日芸術賞を受賞し、2024年4月にはNHK総合でテレビドラマ化もされた注目作です。
テーマは「代理母出産」。
現代社会ではまだタブー視されがちなこの問題に正面から切り込み、読者に深い問いを投げかけてきます。
あらすじ(ネタバレなし)
主人公は29歳の大石理紀(リキ)。
北海道出身の彼女は、東京で非正規雇用の仕事をしながら、その日暮らしの生活を送っています。
経済的困窮の中、卵子提供や代理母という選択肢に出会い、やがてバレエダンサーの草桶基とその妻・悠子から「子を産んでほしい」と依頼を受けます。
お金のためだったはずの契約出産。
しかし、妊娠を通じてリキの内面には変化が訪れ、出産をめぐる“想定外の感情”が彼女を揺さぶっていきます。
なぜ「燕」なのか? タイトルの意味
「燕(つばめ)」は春に戻ってくる渡り鳥の象徴ですが、この物語では戻ってこない=一度選んだ道は引き返せないという暗喩にも感じられます。
とくに女性の身体や人生は、社会的にも制度的にも「後戻りができない」決断に直面する場面が多い。
そうした切実さが、タイトルにも込められているように思いました。
読後の感想:倫理と感情のせめぎ合い
この作品のすごさは、登場人物たちに一方的な悪役を置かない点にあります。
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「子どもを産めない身体」に悩む女性
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「自分の遺伝子を残したい」と望む男性
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「お金のために身体を貸す」しかない女性
誰の言い分にも“正しさ”と“エゴ”が混じっていて、どの立場にも感情移入できそうでできない。
だからこそ、ページをめくる手が止まりませんでした。
ドラマ化について(2024年・NHK総合)
2024年4月からNHK総合で放送されたテレビドラマ版も話題になりました。
石橋静河さんや稲垣吾郎さんらが出演し、原作の持つ空気感を丁寧に再現していたと思います。
ただ、やはり原作小説にしか描けない内面の葛藤や社会的構造のえぐり方があります。
映像で興味を持った方には、ぜひ原作を読んでほしいです。
こんな人におすすめ
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社会問題を扱った文学作品が好きな人
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代理母や生殖医療に関心がある人
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桐野夏生作品を読むのが初めての人にもおすすめ(入門としても読みごたえあり)
まとめ:簡単には語り尽くせない物語
『燕は戻ってこない』は、単なる代理母出産の物語ではありません。
それは、現代社会に生きる女性たちの「生きづらさ」や「選ばされる人生」を浮き彫りにする作品です。
「命を産むことは、誰のためなのか」
「母になるとは、何を意味するのか」
読後、何度もこの問いに立ち返らされました。
重いテーマですが、読んでよかったと思える一冊です。