日々是好日~日常の出来事と時事ネタ~

日常の出来事や、時事ニュースに関する私の考えなどを気ままに綴ったブログです。

紙面の向こう側:新聞奨学生の思い出③ようやく決まった配達地域

新聞奨学生を始めるにあたり、私は親戚の家に居候することになりました。生活保護受給者だったため、私が新聞奨学生になると給料と奨学金が収入認定され、母と弟の生活費がなくなってしまうためです。

経済的な理由から親戚の家に住むことにしました。親戚も「一部屋空いているから来たら?」と快く受け入れてくれました。住居費は無料で、食費を入れてくれたらありがたいと言われ、毎月3~4万円ほど入れていたと思います。

研修から帰って数日後、店から電話がありました。前に行った店ではなく、家から最寄りの支店に行って欲しいと言われました。最寄りと言っても徒歩で30分弱かかりました。店はバス停から徒歩5分ほどの場所にありましたが、バスで行くと自宅からバス停まで徒歩10分、バスに10分ほど乗り、そこから5分歩く必要がありました。 時間を考えると5分しか違わないので、歩いて行きました。

店に行くと支店長がいました。挨拶をし、仕事の流れや担当区域の説明を受けました。 そして、「配達に出る前にバイクの運転に慣れて欲しい」と言われ、キーを渡されました。

ヤマハの50ccのメイトを借りることになりました。これまで原付に乗る機会はほとんどありませんでした。原付免許は高校2年の頃に取得しましたが、原付は所有しておらず、友人のスクーターを何度か借りて乗った程度でした。 最初は恐怖感がありましたが、若かったためかすぐに順応でき、乗ることができました。

翌日、また支店から電話がありました。「ちょっと伝えたいことがあるから店まで来て欲しい」と言われ、「仕事の説明かな?」と思いながらメイトに乗って向かいました。 店に到着すると、仕事の説明はなく、「原付が一台壊れたので返して欲しい」とのことでした。

また練習しようと思っていたので残念でしたが、返しました。帰りは歩いて帰りました。支店長は車を持っていましたが、送ってくれる素振りはありませんでした。

入店してから2週間が経ちましたが、店からは一向に連絡がありません。どうやら、店を辞める予定だったパートさんの退店日が延びて、私が行ってもやることが特になかったようです。 それまで放置状態でしたが、ようやく連絡があり、本格的に仕事に入ることになりました。

配属先の店舗は本店があり、その下に支店が二つありました。従業員は正社員が7人、13人が所属していました。そして、バイトやパートが約10名ほどいました。

この日から毎朝3時に起床する生活が始まりました。起きてすぐに新聞にチラシを挟み、バイクに積み込みます。

最初の頃は従業員の後を追って順路を覚えました。順路帳というものがあり、順路記号という新聞屋さんでよく使われる記号を書いて、どこで曲がるか、何軒先かなどを覚えていきます。約2週間ほど後を追って回っていました。

そして、一人で配達を任されることになりました。最初は地図と順路帳を見ながら配達しました。私が配達していたエリアは新興住宅地で、大きな家が多く、ハイツや団地もあり、バイクを降りて走ることが多かったです。そのおかげで足が太くなり筋肉がつきました。

他の人のエリアの様子を聞くと、一戸建ての多い住宅地の区域の人は、あまりバイクから降りることなく、バイクに乗ったままポストに新聞を入れられる場所が多かったようです。

夕刊も同じエリアでした。朝刊とは違い、朝刊のみの読者や専門誌に夕刊がない関係で、部数が少なくなるので楽でした。 この頃は学校が始まっていなかったので、奨学生生活は比較的楽でした。